今度、あいつがこの島にきたら。
ああ、わかってる。今度きたら。
俺たちで絶対に倒す。
こてんぱんにやっつける。
あの3本刀。
ロロノア・ゾロを。
海は凪の時間を終え、風が帆を膨らませはじめた。
「さあ、いい風が回ってきたわ。急ぐわよ〜!」
航海士の気合が入った声が甲板に響くと、船全体が動きはじめた。
「おいおい、やっべぇぞ〜〜〜!間に合えばいいけどよ」
鼻の長い狙撃手の心配性はいつまで経っても治る気配がない。
「行け〜〜〜〜!あそこの食堂のメシは旨いぞ〜〜〜〜!」
相変わらず緊張感がない船長の叫び声。
「それにしても・・・・てめェが妙に名前を知られちまってるのが原因だろうが。ったく、ちょっとは考えろよ、筋肉マリモ!」
煙草の煙と言葉を一緒に吐き出したコックは靴をトン・・・と鳴らした。
「あら、でもそれを言うならこの海賊団そのものが有名になりすぎたのよ、そうじゃない?」
考古学者の顔には面白がる表情がある。
「俺たち、そんなに有名なのか?有名だとヤバイのか?」
パタパタと駆け回りながら心配する船医。
その全員の視線が一人の姿に集まった。
腰の3本の刀。鍛え上げた筋肉質の身体。緑色の髪。海賊団の剣士は船首に船長と並んで立っていた。その視線は光を受けて輝く眩しい海に向けられ、言葉は ない。何も気にしていないようにも見える。
(でもよ・・・・・)
(でもねぇ・・・)
コックと航海士はそれぞれに剣士の黒衣に包まれた背中を見た。その視線の意味はほとんど同じ。
前の島から船出して3日、剣士は昼寝をしていない。それは彼らにとってはあり得る筈のないことだった。
「やっぱり変よね、あいつ」
「平気なツラして見せてやがるけど」
「そういえば、そうね」
少し長めになった緑色の髪は風を受けて揺れ続けた。
目的の島に着いたのは朝だった。
泊め慣れた島の裏側で錨が水音と一緒に海に沈んだ。その音と同時に船から身を躍らせる黒い姿があった。着地すると刀同士がぶつかって音をたてる。それを 気にする風もなく剣士は走り始めた。
「なあ、あいつ、ちゃんとまっすぐ行けるのか?また迷ったりしちまうんじゃねぇか?」
上陸の用意をしながら狙撃手が不安そうに小さくなっていく後姿を見守っている。
「だいじょ〜ぶ!」
船長が大きな荷物を背負いながら笑った。
「あいつ、ここだけは迷わないわよ。現金なことに」
航海士は数冊の本を抱え上げた。
(馬鹿馬鹿しいほど正直な本能って奴だ。ったく)
コックもいろいろ選び抜いて詰めた大きなリュックを左肩に掛けた。
「ふふふ」
笑う考古学者と薬のカバンの準備に全神経を注ぎ込んでいる船医。
全員の顔にはどうしようもなくこぼれた笑みがあった。
きたぞ
あいつだ
3本刀のロロノア・ゾロ
おれたちは負けない
あいつだけは絶対にゆるさない
鋭い気の塊が左右から近づくのを感じて剣士は足を止めた。
柔らかな陽光を受けて光る銀色の髪と、あたりの草原と同じ色の緑の髪。
(挟み討ちか)
刀の柄に手を掛けたまま剣士は待った。
自分を狙う切っ先が両側から突き出されたとき、剣士の両腕が左右に広がって1回転した。草を撫ぜるそよ風とは異質な突風が渦を巻き、二つの人影が宙を 舞った。
剣士がゆっくりと足を進めると人影が落ちた辺りから小さなうめき声が聞こえはじめた。
「くっそ・・・・何だ、今のあれ」
「無刀流だね。大丈夫?」
「大したことねぇ。それより、どこだ?どこに隠れやがった?あいつ」
剣士はひとつ息を吐いた。
「誰が隠れた。お前たちが目を回してるだけだ」
驚きに見開かれた4つの瞳が剣士を見上げた。深い緑の瞳。それは剣士の心にしっかり刻み込まれているものと同じ。
男3人は視線を合わせたまま動かなかった。
「ゾロ・・・・!」
風にのって伝わってきたその声に剣士・・・ゾロはすばやく視線を上げた。
銀色の髪をなびかせて遠くから自分に走り寄る姿をゾロは見つめたまま立っていた。その顔には今にも動き出しそうな何かをこらえているような気持ちの表れ とも思える眉間の皺があった。
さっきから思い出して止まらなくなっていた緑の瞳。震えが見える唇。白い肌とほっそりした身体をつつむ灰色。肩の後ろに見える長剣の柄。片方の耳にひと つだけ揺れる金色のピアス。
手を伸ばせば届く位置まできて足を止めたその姿をゾロはよく見てはいられなかった。喉の奥から唸り声のようなものを漏らしながら腕の中に抱き込んで光る 髪に唇をあてる。
「馬鹿野郎、
リンから離れろ!」
「また、間に合わなかった・・・・・」
幼い二つの声が片方は大きく、もう一方は小さく草原に吸い込まれた。
ゾロの腕の中の
リンは頬を染め、ゾロはなんともつかない表情を浮かべて苦笑した。大人2人と少年2人。傍らで見るものが居たらすぐに4人の関係を言い 当ててしまうだろう。それぞれが生き写しのように重なるその姿。
親子4人はしばし無言のまま見つめあった。
「で、お前ら、なんで俺に向かってくるのに木刀なんだ?てか、なんで俺を狙う?賞金稼ぎをやるにはまだちょっとばかし早いんじゃねぇか?」
ゾロが腕組みをして見下ろすと、少年たちは草の上に座り込んだままゾロを睨み返した。やがて、よく陽に焼けた緑色の髪の少年が立ち上がった。
「真剣はまだ
リンが許しちゃくれねぇ。でも、木刀だからって甘く見るなよ!」
勢い余る少年の言葉を補うように、銀色の髪の少年が言葉をつないだ。
「ゾロに会ったらまた
リンが泣く。泣くってことは俺たちしか知らないけど・・・・でも、俺たちはもう
リンを泣かせたくない」
「ダン・・・・」
リンが1歩踏み出すと銀色頭の少年ダンは目を伏せた。唇を噛んで何かを懸命にこらえているのがわかる。
「そうだ!どうせゾロはまたすぐに行っちまうんだ!いくら楽しくたってまた忘れちまうんだ!」
「ロン」
リンが微笑んで2人に両手を差し出すと、幼い涙が一度に溢れた。
それでも少年たちは唇を噛みしめながら
リンの手から目を逸らした。頑なな表情には涙と鼻水と一緒に己を守る強い意志があった。
(ったく、誰に似たんだか。・・・・まあ、どっちに似ても頑固にはなるだろうけどよ)
ふわ・・・・と身体が浮く感じに少年たちは目を丸くした。そして自分たちの胴の辺りに回された筋肉質な腕に気がつくと暴れだした。ロンは緑の頭を大振り しながら両手両足をバタつかせ、ダンは懸命に両手でゾロの腕を押しやろうとする。
「一人前の口をきくと思ったら、結構重いじゃねぇか」
ゾロがのんびりと言うと、腕の中の動きが止まった。
「馬鹿野郎、おまえなんか・・・・・」
呟く緑の頭と無言の銀色の頭がゾロの左右の脇腹につよく押し付けられた。
やがて脇腹に小さくて熱い部分が広がりはじめるのを感じたゾロの唇に柔らかな笑みが浮かんだ。
「「「「リ〜〜〜ン!」」」」
「
リンちゃ〜〜〜〜〜〜ん!」
懐かしい声と姿、笑顔を見とめて
リンは大きく手を振った。
ナミとチョッパーが一番に飛びついた。
一時に話しはじめようとした全員があわてて一緒に口を閉じた。その沈黙に全員で笑った。
ダンとロンはゾロの腕から降りて
リンの両側に立った。
リンは静かに2人と手をつないだ。
「元気だったか?お前ら」
船長の笑顔に少年たちの顔にも笑顔が浮かぶ。
「大きくなったわね〜。ごめん、もう、我慢できない。どんどんそっくりになるんだもの〜」
ナミの明るい笑い声が響く。
「ほんとだ、俺と同じだ!いや、俺よりでけぇ!」
チョッパーが近づくとダンとロンは
リンから離れてチョッパーに抱きついた。
「ほら、この前約束しただろ」
ウソップがパチンコをひとつずつ渡した。
「さてと・・・・
リンちゃん、今回も台所を借りるぜ!いろいろ吟味して準備してきたから楽しみにしてて」
ダンとロンが嬉しそうに声を上げた。
「やった!
リンはあんまり料理、上手くねぇからな!」
「素材を生かしたシンプル料理、だよ、ロン」
リンの顔が真っ赤になった。
「ところでねぇ、
リン」
ナミが真顔で
リンを見た。
「ちょっと確かめたいんだけど・・・・。あんた、島で用心棒みたいなこと、してる?」
「ええ、時々。声をかけてもらったら。・・・・・どうしたの?」
リンの返事を聞いたナミがまた笑いはじめた。ナミの声にサンジのものも加わり、ロビンはなんだか嬉しそうに微笑んでいる。
「何だよ、何なんだよ、お前ら〜〜〜〜」
ウソップ、ルフィ、チョッパーは首を傾げる側だ。
ゾロは・・・・大きくため息をついた。
「あんたの背中の剣を見てピンと来たんだけどね。あのね、今回わたしたちがちょっと急いで戻ってきたのはある噂を聞いたからなのよ。この島に魔獣が出たっ ていう噂をね」
「「「魔獣?」」」
リンと双子はそっくりな目を合わせて声を揃えた。
「一つ前の島で噂をばら撒いてた海賊たちはその魔獣の事を『銀色の魔獣』っていってたわ。血に飢えた海賊狩りで恐ろしく強い剣使いだって。だからね、もし かしたらその魔獣があんたたちのことをどこからか噂で聞いて、ゾロを狙ってあんたたちに手を出すためにここに来たんじゃないかって思ったのよ」
「そいつ、すげぇな〜〜〜〜!」
瞳を丸くするロン。しかしダンはなぜか頬を染めはじめた
リンの顔を見上げて、小さく頷いた。そんなダンの様子を見てロビンの口から笑いがこぼれる。
「あんたはしばらく剣からちょっと離れてる感じだったからね。焦って損した・・・・じゃないか、早めに会えたんだから得だったわね。で、一体あんた、何人 まとめて放り出したの?あいつら、すごく怖がってたわよ〜、『魔獣』さんのこと」
「ナミ・・・・。あの時は道場の人たちも通りがかりに助けてくれたし・・・・。だから、魔獣は他の人・・・・」
「手伝ってくれた中に銀髪の人はいた?」
「・・・ううん」
からかうナミと顔が赤いままの
リン、やっと納得しはじめたルフィたち。
その光景を眺めながらサンジは双子の傍らで腰を落とした。
「お前らよ、他には絶対いねぇ母さんととんでもねぇ父親の間に生まれたんだ。これが運命だと諦めて、会える時にちゃんと甘えとけよな」
驚いたように自分を見る双子の顔があまりにそれぞれ片親にそっくりなので。
サンジは静かに2人の頭に手をのせた。
風が少し強くなった頃。
ひとしきり語り終わった全員でようやく
リンと双子が暮らす小屋に移動することになった。
ゾロは黙って地面に片膝をついて少年たちに背中を向けた。その後ろ姿は2人の記憶に残っているものと同じだった。それでも素直に動けない幼い背中を
リンの両手がそっと押した。
やがて先頭を行くゾロの両肩には左右それぞれ1人ずつ小さな姿がのっていた。