「ナミ〜〜〜〜」
どこか慌てたような船長の大きな声とその後から付け足したようなノックの音に、顔を上げた
リンは微笑した。結局ノックはすぐに途切れて天井から逆さまに覗いた顔の大きく見開かれた瞳と視線を合わせる。その瞳の中に惑いという 名のこの船長には滅多に見ないものがあるように思えた。
「・・・今は入って来ないで」
リンの膝から顔を上げないまま力を込めて言ったナミの言葉。それをまともに受けたルフィの顔がゆがむ。離れていた月日の間に少年らしさ にもっと強いものが加わったと
リンが思っていたその顔に、その年月を超えてさらに遡りどこか線の細さが残るいとけなさが垣間見えた。
自由奔放。天衣無縫。身体に秘められた底知れない力。そんな言葉が似合う船長がたった一人「俺より強い」と認める人は、今
リンの腕の中で泣いている。
「ナミ」
そっと
リンが腕に触れるとナミはその手の動きの変化に気がついて顔を上げた。光る瞳と泣き濡れた頬を隠すように俯いたナミの身体にもう一度腕 を回してから、
リンは立ち上がった。
「もしもダンとロンと・・・離れる事になっても」
リンはゆっくりと言葉を選ぶように続けた。
「2人はゾロと私の子どもでとても大切だけど・・・でも、もしも離れなければならなくなってもわたしはきっと安心して離れられると思うの。・・・2人は生 まれたときからみんなに育ててもらったから・・・2人はこの船の子どもだから」
ナミが小さく唇を噛んだ。
双子に負けないくらいナミの事も大切だということを、
リンは言いたかった。けれど気持ちを込める事ができる言葉が見つからず、少し間を置いた後に梯子に向かって歩いた。
「俺、ナミにどうしてやれるかな」
登る
リンをじっと見つめながら呟いたルフィを
リンはナミにしたように抱きしめたいと思った。その気持ちを抑えて手を差し出すと、ルフィの手がしっかりと握って引き上げてくれた。と ても熱い手だった。
「ルフィがどうしたいかっていうのがそのまま答えになるんじゃないかな」
ルフィは一瞬真面目な横顔を見せ、頷くと身軽に部屋に降りて行った。
「
リンちゃん、腹減っただろ?」
甲板に出てすぐに降ってきた声に上を見上げた
リンは見張り台で光る金色の髪を見た。
「ちょっと待ってて。ウソップにここ代わってもらってすぐに夕食、あっため・・・」
サンジの言葉が終わるのを待たずに
リンは身軽に縄梯子を登った。
リンが登りきった時、サンジは静かににっこりすると床に座った。
「ルフィに・・・サンジ君が『行け』と言ったの・・・?」
サンジの横に座って膝を抱えた
リンに向いたサンジの笑顔には包み込むようなやわらかさがあった。
「だってさ、あいつ、子どもみてェな顔してたんだ。ナミさんが子どもみたいに泣いてるのも知ってた。・・・だからさ・・・」
胸に迫るものを堪えた
リンは1度の瞬きで涙を封じ込めた。
「あの2人、全然変わってないだろ?外側はすげェ綺麗になってくのにこういう時に手を伸ばし合えないままさ。ああいう不器用は嫌いじゃねェけど、でも時々 さ、負けちゃうんだ、俺」
リンは静かに手を伸ばすとサンジの右手を捕らえ、ゆっくりと引いた。サンジの視線がそれを追う。
リンは指の長い大きな手に頬を触れた後、両手でその手を持った。
サンジは短く息を吐いた。
「・・・不器用さではあいつと
リンちゃんの方が上だと思ってたんだけどね。一番最後に見える奴が意表を突きやがって。いつの間にか父親だぜ。柄じゃねェよな〜」
言いながら片手を預けたままのサンジの横顔にやはり
リンは言葉が見つからないままだった。気持ちだけが中から溢れ、それに押されるように
リンは膝で立ち上がりサンジの頭を抱いた。一瞬身を硬くしたサンジはしばらくそのまま肩に力を入れていたが、やがてほんの少しの重みを
リンの腕の中に置いた。
「俺・・・
リンちゃんだとどうして・・・なのかな。
リンちゃん、俺、大丈夫だよ。だから・・・泣かないで」
腕の中のサンジはきっと微笑んでいる。
リンは自分の頬を伝って唇の端をかすめる涙をそのままにした。それがサンジの涙の代わりになればいいといつの間にか願っていた。
「・・・あいつ、あったかく抱きしめることはできてもキスなんて考えつかないだろうなぁ」
「・・・ルフィだものね。・・・で、そんなルフィに求めることもしない・・・だろうね」
「ナミさんだもん。・・・はは、
リンちゃんと似てるね、不器用さが」
顔を赤らめた
リンの腕の中から身を起こしたサンジはタバコを取り出して唇に挟んだ。
「あいつは与えることができる奴なんだよな。そこだけちょっとだけ認めてやってるけど、何だかすげェ悔しい」
眉を寄せたサンジの表情に
リンは笑った。
ゾロとサンジは与える時のやり方も感じ方も全部違うけれど、
リンはそのどちらもとても好きで眩しかった。
いつの間にかロンが皿洗いをしたがることが多くなり、こっそり蹴り技の練習をしていた。
ダンがやっぱりこっそりと木刀を2本使いはじめていた。
そのほかにも沢山、いつの間にか双子が自分たちのものにしはじめている世界があった。
「みんなが・・・とても好き」
リンが呟くとサンジは嬉しそうな笑みを浮かべた。