※※※久しぶりの双璧シリーズです。あんまり久しぶりなので、気がついたら原作からさらに恐ろしく離れてい ました(いや、ゾロが若いお父さんになったりしてる時点でとっくに遠かったんですが。このシリーズは最初から)。原作のみんなは無事にロビンを取り戻し、 メリー号に別れを告げ、サニー号と出会い、フランキーが仲間に入ったわけなんですが・・・・。今回リクエストをいただいてとにかく書きたくてたまらなく なった双子とフランキー。そのためにここら辺でちょっと時間軸をあり得ない方向に調整せざるを得ないというか(汗)ええと・・・・ですね、W7編、ちゃっ かり双子も参加していたという設定にしてしまいます。ゾロたちの年齢というのを考えるとちょっとむむむ・・・・なのですが、双子もそろってロビンちゃんた ちを助けたということにさせてください。そして大好きなメリー号とお別れをしたということに・・・・。そんな感じでよろしくお願いします※※※
快晴の空の下、芝生の上に大の字になってする昼寝は見る者の想像以上に幸福な時間である。おまけに、実はそこが海の上で、帆走するには少々弱めの海風が 身体の上を柔らかく吹き抜けているなら、人によっては眠る前から夢心地かもしれない。
子どもは幸せそうな溜息をついた。
空を流れる雲を見ながら、実は動いているのは自分なのだと感じていた。
「ねえ、フランキーもさ、一緒に昼寝しよ?」
ただひたすらに脳天気な様子に見えていた子どもは、いつからか彼を見下ろしていた男の存在に気がついていたらしい。フランキーはポリポリと頭を掻いた。
「何だ、お前・・・・驚かすなって」
まだ仲間として付き合いはじめて日が浅いから、恐らくフランキーの声の調子や言葉の切れ味の鈍さは気がつかれなかったかもしれない。それは、もしも今こ こにあの水の都の彼の子分たちがいたら首を傾げていただろうと思われるものだった。
「すっげぇよな、ほんと、すっげぇ!海なのに、船なのに、こんなにふかふかの草があるなんて。フランキーはずっとこんな船を作りたかったんだ?作りたくて 本当に作れるなんて、やっぱりすげぇ!」
寝転がっている子どもはまだごく幼い。父親譲りの緑色の髪が芝生の色に馴染んで、穏やかな一枚の絵になっている。両親ともにお尋ね者の賞金首・・・・と てもそんな境遇にあるようには見えない。
「すげぇなぁ。ねえ、フランキー。今度さ、修理とか何か作るとかする時、俺、そばで見てていい?」
ロンの声にいっぱいに溢れているのは憧れという感情で、フランキーにもそれがよくわかった。けれど。だから。
「お前なァ・・・・」
呟きながら滑り台を下りたフランキーはゴロリと子どもの隣りに身体を並べた。
「お前は父さん母さんみてェな剣士になるんだろ?」
ロンは嬉しそうに笑った。
「料理が上手くて船大工も上手い剣士になる!そしたら
リン、喜ぶし」
リンというのがこの子どもの母親の名前だ。銀色の髪と緑色の瞳。生真面目そうな表情のほっそりとした姿がフランキーの脳裏に浮かぶ。 『母親』というイメージとはおよそ結びつかないその姿は戦いにおいては長剣を巧みに扱い、身の軽さを剣と同じほど武器にしていた。
そして、父親はあのロロノア・ゾロだ。
何がどうなってこの麦わら海賊団に幼い子どもが加わるようになったのか、フランキーは知らない。誰もが当然だと思っているらしい現実に戸惑いを感じてし まうのはどうやら彼だけのようだから。
「・・・・喜ぶとは限らねェと思うがな・・・・」
フランキーの呟きを聞いたロンは少しだけ不思議そうな顔をした。それでもすぐに気持ち良さそうに身体を伸ばした。
「あったかいね、いっぱい」
フランキーは返事の代わりに短く唸り、目を閉じた。彼に倣った子どもはすぐに安らかな寝息をたてはじめた。
女の風呂は長いというのが常識だと思っていたが、どうやらこの船でそれを常識としているのは生きのいい航海士だけらしい。フランキーは予想よりも早い時 間に順番が回ってきた風呂を楽しみ、満足して脱衣室から梯子を下り始めた。彼の設計は完璧だった。1人で贅沢に湯を楽しむのもいい。親子でも結構楽しめて いるらしい。人間ではない船医も親子の仲間入りをして楽しむことも多いようだ。
美味い食事、美味い酒、気持ちのいい風呂。これが揃っていれば言うことはない。風呂の後はアクアリウムバーにでも行って軽く一杯ひっかければ完璧だ。
鼻歌まじりに梯子を下りたフランキーはふと、気配を感じて振り向いた。
銀色の髪と緑色に瞳。ベンチにきちんと座っている子どもの母親とそっくり同じ色合いに改めて驚いた。
フランキーは驚きの余韻で声が出ず、子どもはちょっと困ったような顔をしながらはにかみ・・・2人は1分ほど沈黙を受けあった。
「ああ、驚かしちまったか?悪いな」
子どもは急いで首を横に振った。それからまた、困ったような顔をした。
「フランキー」
ダンが彼を呼ぶ声はひどく透明に響いた。
そう言えばこの子どもは相棒に比べると極端に口数が少ないらしかった。フランキーは思い出した。昼食の後、なぜだか一緒に甲板で昼寝を楽しむことになっ たあの相棒はどうやら先に目を覚ましたらしく、波間を跳ねるイルカの姿を見つけると遠慮のない大声で彼を起こした。そう。本当に遠慮のないガキだ。だが、 この子どもは。
ダンはいつもの考え深そうな表情でフランキーを見上げている。この顔は少しばかり彼の居心地を悪くする。
「どうしたんだ?お前。風呂、次か?」
「ううん。本、読んでたんだけど・・・・でも、ちょっと違うことも考えてた」
話し方も言葉の使い方も相棒とはかなり違う子どもである。フランキーは真面目そうな顔を見下ろしながら、ゆっくりと隣りに座った。
「何か言いたいことがありそうだな?」
こくん。ひとつ頷くとダンはほんの数秒、じっとフランキーの顔を見た。
「何だ?」
俺の顔に何かついてるとでもいいやがるのか?・・・・ここがサニー号の中ではなくて、相手が子どもでなければそうすごんでいた場面かもしれない。
「・・・もしかしたら、謝らないといけないのかなと思って」
「はぁ?」
意外な言葉だった。けれど、思えば意外ではないのかもしれないと思った。ダンは彼のことが怖いのかもしれない。いや、もっと・・・嫌っているのかもしれ ない。当然だ。あの水の都でも街の裏の顔としてそういう役を存分につとめてきたのだから。
「僕・・・サニー号、大好きなんだ」
「・・・・は?」
サングラスの奥でフランキーの瞳は限界まで丸くなった。
「すごい船だよね。大きいし、仕掛けや楽しいことがたくさんあるし。ほんとに大好きなんだ。・・・・でも」
ダンは目を伏せた。
「僕はまだ、メリーの夢を見るんだ。夢の中で話したりする。そういうのって・・・・フランキー、嫌じゃないかなって」
・・・ええと。
フランキーは普段は眠らせて温存している脳細胞まで総動員してフル回転させた。
「お前・・・・それをずっと気にしてたってのか?」
「うん。本当はいっぱい船のこと、聞きたい。でも、こんなじゃダメでしょう?隠してるのも嫌だ」
ここは決して笑っていい場面ではない。この子どもはこんなにも真剣なのだから。でも、どうしても唇は綻ぼうとするし、おまけに何か嬉しい気分にさえなっ てきた。
「なあ、あのメリー号の声ならよ、あの日からずっと俺の中にも聞こえてんだよ」
「・・・え?」
今度はダンが目を丸くする番だった。
「きっと俺だけじゃねェ。麦わらたちは当然だが、ウォーターセブンの船大工の連中も同じさ。船を作る者としてはよ、あんな声、忘れられる訳がねェ。あんな にすごい人と船との別れの場面に一緒にいることができて、みんな、誇りに思ってる。そして、あの船を作った大工のことをちょっとばかり羨ましいと思ってる さ」
ダンはじっとフランキーの顔を見つめながら聞いていた。
「別れたから忘れなきゃいけねェなんてこと、ねェんだ。いや、逆だ。ずっとずっと覚えててやれ。あれはそれだけすごい船だった。俺はあの船の代わりにこい つを作ったんじゃねェ。言ったろ?遺志をついでいくための船を作ったんだ」
少しずつ、ダンの唇が曲線を描いた。
「・・・・同じなの?フランキー」
フランキーは大きく頷いた。
「ああ。一緒だ」
「・・・そっか」
ダンはやっと微笑んだ。それはとても幸福そうな顔だったから、フランキーは頭を掻いた。
「・・・お前ら、揃いも揃って調子が狂うガキどもだ・・・」
「え?」
「いや、何でもねェよ。お前、まだ本、読むのか?」
「うん。暗くなるまで読む」
「そうか。じゃあ、まあ・・・・あとで、またな」
「うん、あとでね」
ダンの笑顔を眩しげに眺めた後、フランキーは図書館を出た。
「フランキー?」
また、驚いた。
細く、透明感のある声。メインマストの陰から姿を現したのは、
リンだった。
白い肌と長い銀色の髪。一瞬その対比に見とれ、フランキーは慌てた。彼には他にも慌てる理由がないでもなかった。
「あのね、フランキー・・・・」
リンが困っている様子があまりにダンとそっくりだったので、フランキーは内心とは裏腹に思わず笑いたくなってしまった。
「何だ?ええと・・・・俺に何か話があるのか?」
恐らく、とても言いにくい話のはずだ・・・これまでに彼が観察してきた
リンの性格が当たっていれば。
「あのね・・・あの・・・・もしもあなたが子どもが苦手だったら・・・・ええと・・・ごめんなさいね」
はぁ?
ダンとの会話が図らずも一種の訓練になっていたようで、間抜けな声をかろうじて出さなくて済んだ。フランキーはこっそりひとつ、深呼吸をした。
「ごめんなさいってよ・・・・何でだ?」
リンの瞳に不安の色が浮かんだ。けれど、それは、彼が今まで他の『母親』という人種の目に見てきたものとはどこか違っていた。
「ロンもダンも、メリーが大好きだし、サニー号もとても好きなんだと思うの。そして、サニーを作ったあなたを、一緒に戦ってくれた強いあなたをとても好き になってるの。でも、それは・・・子どもが苦手だったら迷惑というか・・・煩く感じることだと思うから。あなたが時々とても困った様子であの子達を見てい る気がして・・・」
そういうことなのか?
ただ、それだけなのか?
「ええと・・・・あのよ、俺とあのガキ、いや、子どもらが一緒にいると困るっていう・・・そういう話じゃねェんだな?」
リンはどうやらひどく驚いた。その顔が、また、子ども達と重なった。
「2人はあなたと一緒だととても嬉しいはずなの。楽しそうでわたしも嬉しいし、安心しちゃうの。でも、もしもあなたが我慢してるなら・・・・困る」
本気で困っているらしい・・・・
リンは。
子ども達のために、そしてフランキーのために悩んで・・・心配して。
こんな時、彼は、男一匹フランキーはどうすればいいのか。何ができるのか。
まっすぐに彼を見ている
リンの瞳にはどこか見覚えがあるような気がした。
ああ、そうだ。『アニキ』と彼を呼んで慕ってくれていたあの2人の妹分・・・・あの子達の目と似ているのだ。まっすぐに、精一杯彼を見ていた2人の目。
「いやよ・・・俺、つまり、すげェ誤解・・・みてェなもんをしちまってたらしくて。あのなぁ、あんたが子ども達と俺が一緒にいるのを嫌がってるんじゃねェ かと思ってたんだ。ウォーターセブンではそんな風にばかり見られてたし、まあ、そんだけのことをやってたから。子どもらも俺を怖がってるんじゃねェかと 思ってたし。その方が普通だからよ、俺には。俺は・・・『母親』ってのも実はよくわからねェ人間だし。・・・・にしてもあんたは多分、随分変わった『母 親』なんだろうな」
言い終わると同時にフランキーの唇から笑みが零れた。すぅっと気持ちが軽くなっていた。思えば、
リンとまともに面と向かって話をしたのはこれが初めてだった。ずっとずっと、彼の方が無意識に避けていたのかもしれない。
リンはうっすらと頬を赤らめた。
「きっとすごく変な母親だと思う。でも、今はゾロが一緒だし、あの子達はみんなで育ててもらってるから・・・・これからはあなたにも」
リンは恥ずかしそうに微笑んだ。
「後悔しても知らねェぞ?」
「大丈夫。絶対にしない」
本気で自信ありげな
リンにフランキーはそれ以上何も言えなかった。穏やかな気分が心地よく、空に向かって思い切り両手を伸ばした。
「何かまた一汗かきたくなってきたな。なあ、あの子達によ、明日は船中をじっくり見せてやるって言っといてくれ」
「うん。ありがとう、フランキー」
背を向けた後片手をブンブンと大きく振ってしまったのは、照れ隠しだとわかっていた。数歩歩いた頃にはまた自然と口笛が零れだしていた。
「んで、最後が親父かよ」
縄梯子を上りながら展望台の床から頭を突き出し、フランキーは溜息をついた。
ジムではゾロがダンベルを手に額に薄らと汗を浮かべていた。
「最後?何の順番だ?」
「・・・てめェの一家!双子のガキと女剣士と、なんでか知らねェが一人ずつ順番に会話をしてきたんだよ!」
「ああ」
それだけの説明でゾロがすんなり納得した顔をしてしまったので、フランキーは小さくブツブツ濁った音を出した。
「・・・こんだけでわかったような顔をしてんじゃねェ・・・・」
その様子を見たゾロは面白がるように片眉を上げた。
「天然だったろ?3人とも。まあ、何か迷った顔しながらここしばらくずっと付き合ってたお前も負けずに天然だけどな」
フランキーはガクリと肩を落とした。
「天然の一言で片付けるんじゃねェよ!その天然一家の長だろうが、お前は。まあ・・・なんつうか、そう悪くもねェけどよ・・・・」
ゾロはニヤリと口角を上げた。
当たり前だろう。ゾロの表情からそんな言葉を読んだフランキーは、不意に今日は勝てない、と思った。
「一杯飲みたい気分だぜ。コーラも補給しとかねェと」
「つきあうぜ。俺も喉が渇いた」
「はぁ・・・・お前ら全員、どっかこっか規格外のヤツばかりだな」
「遠慮するな。お前もそん中に入れてやる」
その中に、か。
フランキーは小さく肩を竦めた。
いいさ、乗り合わせた船だ。気が向くだけつきあってやる。
フランキーのその決心はすぐに具体的な形で現実になった。2人がアトリウムラウンジに腰を落ち着けた頃、それぞれ別の場所で同時に魚を見たくなった双子 が揃って仲間に入り、
リンがサンジに渡されたケーキを持って(とても大きくてホールのままのものだったのでリフトサービスには入らないのだ、とサンジは説明 したらしい)加わった。
どうみても『夫婦』には見えない・・・敢えて言えば恋人だろうか・・・ゾロと
リン。
おおはしゃぎして顔中クリームだらけになっているロン。
ロンのためにタオルを絞ってきてやり、やっと安心してケーキを味わっているダン。
不思議と、そこにはフランキーの居場所があった。口から喉へ落ちる酒が美味かった。すでにどこか懐かしい子分たちと一緒にいた時間を思い出した。
元気でやっているだろうか、あいつらも。
思った時、目が合った
リンはにっこりと笑った。いつの間にか双子が彼の両側にいた。
ああ、なんだ、悪くねェよな、こういうのもよ。
柄にもなく考えすぎて脅えていた自分が馬鹿みたいだ。どうせ考えるなら、ちゃんと考えればよかったのだ。この麦わら一味の仲間の女が、一味が育てている 子どもがごく普通の当たり前な人間であるはずがなかった。それこそが当たり前だったのに。
「酒が美味ェな」
フランキーは呟いた。
双子がパッと立ち上がった。
「「みんな、呼んでくる!」」
声がぴったりと重なっていた。
部屋を駆け出していく2つの後姿を見送る顔は、それぞれにやわらかな色を帯びていた。