ええと・・・・、あれ?
ベルの音に驚いたフレークが肩に駆け上がった・・・その状態のまま、サンジはドアを開けた。そして、なぜか口から言葉が出なくなってしまった。
あれ?
ドアの前に立っていたサンジより背が低いその人も心なしか瞳を見開いてサンジの顔を、サンジの肩の上の猫を見上げていた。
呆けたように見つめあう顔と顔。
(こういう時は・・・ええと・・・でも、こいつって・・・)
サンジが何とか口を開こうとした時、フレークが宙に飛び出して綺麗に着地した。
「何だ?お前ら。・・・・お、シュン、か?」
歩いてきたのは道場帰りのゾロだった。サンジと向かい合っていた少年の顔が嬉しそうな笑みに崩れた。
「え・・・シュンって、おい!そうだよな!俺はそれを言いたかったんだ、シュン!にしても、どしたんだよ、お前。でかくなったおまけに突然ベル鳴らしや がって」
「・・・ただいま」
迷った末に少年は懐かしい挨拶を口にした。
半年以上前、3人が偶然に知りあった少年。事情があってすぐに引っ越してしまったが、短い日々にともに過ごした時間には互いに楽しい記憶しか残っていな い。
「ええと、その猫は・・・誰の家族?」
シュンはゾロの腕の中に落ち着いたフレークを見た。
「あ、これ、フレークっつぅんだ。まだチビの時にゾロにくっついてきたおかしなヤツ。信じられるか?このマリモの誕生日に来たんだぜ。だから、一応マリモ の部屋がこいつの家で、
アキちゃんと俺んちは別宅ね」
「へぇ!」
シュンの瞳は輝いた。どこかに少しだけ見えた寂しさの影にゾロはほとんどわからないほどの微笑を浮かべ、サンジは手でわしわしと少年の頭を撫ぜ回した。
「まあ、とにかく、中に入れよ。運がいいな〜、お前。今夜は俺の貴重な休みの夜だから美味いものを山盛り作ってやれるぞ。メシ、食ってけるんだろ?」
「うん・・・あの・・・泊まってもいいって母さんが・・・」
そう言う少年は背中に大きな荷物を背負っていた。思わず嬉しくなったサンジはさらに少年の頭を掻き回し、ゾロは片手で少年の荷物を背中から引き剥がし た。
「そっか、母さんとうまくやってんだ」
サンジが言うとシュンは恥ずかしげに小さく頷いた。それからサンジの部屋の隣りのドアを見た。
「・・・
アキは?」
アキの名前を口にした少年の頬は赤く染まっていた。
「ああ、お前の大好きな
アキちゃんは今出かけてる。買い物だと思うけど、またいっぱい本買ってふらふらになってないといいな。なあ、ゾロ、メールでもしとけ よ。あのなぁ、シュン、何でかは謎なんだが今、ゾロのヤツ、一応
アキちゃんの恋人ってことになってやがるんだ。ちょっと小突いてやっていいぞ」
「ふぅん・・・やっぱりそうなんだ」
少年は笑顔になった。
「何、やっぱりってお前、何か気がついてたの?」
「そうじゃないけど、そうなるかもしれないなってずっと思ってたから」
「侮れないんだな、子どもの目って」
「・・・もう、前より子どもじゃないよ」
「確かに背は伸びたな〜。顔はお前なんだけど身長が違うから最初、言葉が出なかったぜ」
「僕も、サンジってこんなに小さかったかなって思ったよ」
「・・・口も達者になってねェ?お前」
リズム良く会話を交わしながらサンジとシュンは部屋に入り、それぞれの場所に落ち着いた。後から入ってきたゾロを見てサンジとシュンは互いの顔を見た。
「どうかしたか?ゾロ」
ゾロはもう一度画面を見てから携帯電話を閉じた。
「・・・いや。電源を切ってるのか圏外か・・・もうちょっとしたらまたかけてみるさ」
「そうか」
サンジはゾロが座った後もしばらく顔を眺めていた。ゾロは無表情に見える裏で何かを気にかけている。それが気になった。
「にゃう?」
ゾロの肩から下りたフレークは膝の上でシュンを横目で見た。シュンも見返して挨拶代わりに指先をそっと猫の鼻先に差し出した。猫は興味深げにそれを眺 め、やがて片目をつぶりながら顎を押し付けた。シュンが指先でくすぐってやるともう一方の目もつぶった。
「お、無事に挨拶完了だな。にしても、
アキちゃん、早く帰ってこないかな〜。きっとびっくりしながらすごく喜ぶな」
サンジとシュンが一緒に玄関のドアを眺めている時、ゾロは手の中の携帯電話を見た。
それは静まり返ったままただ無機質な輝きを見せていた。