食べる量が増えた。
あの頃壊れそうなほど弾けていた笑顔が、どこか落ち着いてやわらかくなった。
サンジは少年の前に次の料理の皿を置きながら、ついつい零れそうになる笑みを懸命に堪えていた。笑いっぱなしではしまらない。シュンも子ども扱いされて ると感じで困るだろう。
少年は照れたようにサンジの顔を見上げてから、ラグマットの端で丸くなって眠っている猫に目を向けた。その横顔に思わずサンジが首を傾げたくなる何かが 通り過ぎた。
「お前はビネガーよりもレモンが好きだったろ?マリネ、それ全部食っていいぞ。マリモマンは半分心ここにあらず、みてェだからな」
「・・・ほっとけ」
サンジを一睨みしながらゾロは箸を置いた。
その前に置かれたグラスの中の透明な酒は最初キンキンに冷えていた。それが今は口を付けられないままにぬるく澱んでいるように見える。
シュンはちらりとゾロを見て、またフレークに視線を戻した。この少年は鋭敏で聡い心を持っている。本当ならゾロの様子を一番気にかけそうなものだが、そ うじゃないところを見ると・・・やはり何かあるのだろう。
ちょっと言葉に出してみるか。
サンジが口を開こうとした時、ゾロの胸元で携帯電話の呼び出し音が鳴った。
「・・・はい」
答えながら窓辺に立ったゾロの後姿を見送り、サンジはシュンと向き合って腰を下ろした。
「デザート、どうすっかな〜。何か食いたいもの、あるか?」
「ん・・・・、あ!あれ、食べたい!サンジのクレープ!オレンジソースの」
以前、よくサンジはシュンの学校が終わる時間を計算してクレープを焼く準備を整えておいた。中にいろいろ巻くのも喜んだが、一番好きなのは温めたフライ パンの中で特製のオレンジソースをたっぷりと絡めてしあげたクレープ・シュゼットだった。
「お前なぁ、そんなら最初に言っとけよ。クレープっつぅのはな、ほんとはタネを冷蔵庫で1時間は寝かせておきてェんだよ。簡単そうに見えて、シンプルなだ けに結構気を使うんだぞ」
「1時間後でいいよ・・・・今日はさ、急がないんだから」
また、少年の瞳に何かを感じた。
1時間、はちょうどいいかもしれない。出て行くことを願っている言葉をそっと引っ張り出して受け止めるには。
「じゃあよ、お前、手伝えよ。今からタネ作るぞ!」
「わかった」
二人が同時に立ち上がったところにゾロが戻ってきた。
「悪いな、急用だ。ちょっと行って・・・すぐ戻る。酒と食い物、とっといてくれ」
「・・・いいけどよ、お前、飲んでねェだろうが、全然」
わざとブツブツこぼしながらサンジはドアの前までゾロの後ろをついて行った。
ドアを開けたゾロは一瞬、サンジに身を寄せた。
「・・・・悪いが、一人で行く。お前、シュンの方をなんとかしてやれ」
「
アキちゃんなのか?やっぱり」
曇ったサンジの表情にゾロは小さく頷き、すぐに口角を上げた。
「んな顔すんな。エースの電話だと事故の類じゃねぇらしい。ただ・・・迎えに行くだけだ」
「迎えってよ・・・・」
言いかけたサンジはゾロの顔を見て口を閉じた。心に響いているのは自分だけじゃない。聞いたら答える術を持たないゾロはさらに困惑するだろう。
「連絡、入れろよ」
「ああ」
サンジは出て行ったゾロの後ろで閉まったドアを1秒だけ眺めた。
「さあ、粉出すぞ〜。2種類の粉を使ってるなんて、お前、知らなかっただろ?丁寧にふるってくれよな」
「ボールはどれ?サンジ」
「ん?ああ、そこ。その中くらいのガラスのやつでいいぞ」
ワイシャツの袖を時間をかけてまくったサンジは少年に笑いかけた。