手品師 2

イラスト/ 星が淡く光るやわらかなドレープは魔法使いのマントを連想させる。そしてその向こうから微笑みかけている女性の美しさをまるで包み込んでいるように思え る。
 滑らかな肌の白い顔を縁取るつややかな黒い髪。力を秘めた瞳はどこまでも黒く闇に近い。薄化粧がひきたてる顔のつくりの中で、温かみのある一箇所の色が 唇の紅だった。カウンターの向こうで立ち上がる姿勢のよい姿はすらりと高く、舞台映えという言葉が似合いそうな・・・。
 美しい年上の人。
  アキはサンジの体温がわずかに上昇し、口元に一瞬の感情が通り過ぎたのを感じた。

 サンジは笑顔になった。
 いつもの、そしておそらく彼がレストランで見せているはずの、心の底に蓋をした綺麗な微笑。

「マリエさん、今日はさ、俺の隣人を連れてきたんだ。旨いものをつまみながらちょっとゆっくりしたくてさ」

 その女性、マリエは アキとゾロに静かに視線を向けた。

「あなたは前に来てくださったことがあるわね。そしてこちらは初めての方。いらっしゃいませ。テーブルがいいかしら?」

 容姿と声がこんなにも巧く組み合わされることがあるのだ。 アキはいつのまにか半分職業的観察眼に切り替わっている自分に気がついた。しかし、長くはつづかなかった。サンジの様子の変化を感じた のだ。
 サンジはちらりとゾロを見やり口を開きかけた。
 ゾロはマリエの言葉に軽く頷くだけで立っていた。
 2人の視線が出会い、すぐにサンジがそれを外した。カウンターとテーブルを見比べる様子には迷いがあった。

「じゃあ、そこのテーブルにするよ。マリエさん、俺たちに食わせてみたいものと飲ませてみたい奴を頼むね。急がないから」

「我儘な注文ね、また」

 ほとんど無表情だったマリエの顔に微笑が浮かんだ。それからほとんど気配を感じさせない動きで奥に姿を消した。

「とても・・・・雰囲気がある人ね」

  アキが呟くとサンジがまた笑顔になった。
 今度はその顔がひどく素直に嬉しそうだったので、 アキは少し前に知り合った少年の笑顔を思い出した。

「座ろ。ほら、お前も」

 そう言って アキとゾロを座らせたサンジは、自分はカウンターに行って水のグラスを運んできた。
 冷たく喉を流れる水。サンジは一気にグラスを干した。

「お前、来たことがあるんなら言っとけよ」

 呟くようなサンジの声に アキは顔を上げた。ゾロは少しの間そのサンジの顔を眺め、唇の端をわずかに上げた。

「前に1度来たときは道場の連中につきあってちょっと顔を出しただけだ。2杯と飲んじゃいねぇ」

「・・・そうなのか」

 再び呟くサンジの声はどことなくさっきよりも明るかった。
 ゾロは笑みを深くした。

「連中の中にどうしてもこの店じゃなきゃ駄目だってこだわってた奴がいてな。不思議だったんだけどよ」

 サンジは一瞬大きく目を見開き、それから顔を赤くした。

「ったりめェだろ!・・・マリエさんの店だぞ」

 ゾロの狙いとそれを的中させてしまうサンジの様子が面白い。 アキは特にサンジの表情の変化に注目していた。素直で、いつもとは何か違う感じもするサンジ。それに、これまでゾロはサンジの女友達の ことでこんな風にからかうことはなかった。ただ、面白がるのと呆れるのが半分ずつぐらいで傍観していたのだが。

 多分、わかってしまったから。
 サンジの目に、唇に、声に、そして一瞬震えた全身に・・・その想いに何と言う名前をつけたらいいのかは決めかねたが・・・感じることができたサンジの想 い。

(そうかぁ・・・)

  アキの胸の中にはゆっくりとあたたかな気持ちが満ちていった。
 静かに誰かを求める『想い』をこんなに近くで見たのは初めてかもしれなかった。

「あ・・・ほら」

 サンジが目でカウンターを指した。
 そこに立つマリエの手には銀色の光があった。その手が動きはじめ、リズミカルな音が空気を叩く。美しく静かにそして力を秘めてシェーカーを振る姿は見る ものを強く惹きつける。

「綺麗・・・」

「うん」

 マリエを見つめる アキとサンジの横顔には賛美と憧憬があった。
 ゾロは視線をずらしてそんな2人を眺めていた。その彼の顔にはまた別の表情があった。



「お待たせしました」

  アキはグラスを置くマリエのしっとりとした爪の色に目を奪われた。それからグラスの中の淡い色に、香りに。
 平たい大皿の上には薄くて白いパリッとしたピッツァの皮が敷かれ、その上に色とりどりの野菜と細く裂かれた鶏肉が盛られ、透明に近いドレッシングがかけ られている。

「ありがとう、マリエさん。こりゃ旨そうだ」

 すぐにテーブルを離れて行くマリエに一声かけると、サンジはグラスを持った。 アキとゾロもそれに続き、3人はそろって軽くグラスをあげた。

「・・・ライチ?」

 一口味わって アキが言うとサンジが頷いた。

 淡いブルーのカクテルは一番強いライチの香りに何種類かの柑橘系の香りがほのかに加わって、甘さの中に爽やかさがあった。

(ああ、そうか)

  アキは思った。このカクテルのイメージはサンジだ。きっとちゃんと別に本当の名前があるのだろうけれど、マリエがこれを選んで作ってく れた理由がわかったような気がした。

「お前、ほんと、こういうのが似合わねェな。何か勿体無ェ」

「るせぇ」

 さっきのお返しとばかりに張り切るサンジと言葉少なに切り返すゾロ。
  アキは微笑みながらグラスを運んだ。

2005.6.27

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