アキは黒光りするバイクを見て目を丸くした。
(・・・何だかゾロがこれに乗るとすごく物騒な気がする・・・)
思わず小さく身震いした
アキの顔にはどこか魅せられたような表情も同居していた。
「何て顔してる」
ゾロはヘルメットを持ち上げてそっと
アキに被せたが、同時に口角を上げた。
アキの身体はカズヤから借りた衣服に包まれていたが、袖と足を何重にも折り返して肩と首回りがガバガバと空ろな空間の存在を見せている 姿はまるで子どものようだった。そこに黒いシールドを下ろしたままのヘルメットを付け加えると・・・
「宇宙服ってのはこんな感じかもしれねぇな」
(・・・頭が重い・・・ゾロ・・・)
シールドの奥で訴える瞳を捉えたゾロはヘルメットの天辺を軽く叩いた。
「どら、ちょっと顔上げろ」
ふらつく頭の両脇に静かに手をかけて上向けたゾロは、顎の下のストラップを絞めてやり黒革のジャンバーを細い身体に着せ掛けた。
(・・・全部・・・・重い・・・・)
アキがなんとなく足を踏ん張ったとき、あっという間に迫ってくる鋭いエンジン音と突っ込んでくる車の姿、そして悲鳴のようなブレーキの 音が目の前の空気を切り裂いた。
「おい、ゾロ!
アキちゃんはどうした?・・・・って、うわぁ〜、
アキちゃん〜〜〜〜?!」
完全に車体が停止する前にすでにドアを開けていたサンジが転がるように降り立った。
「
アキちゃんだよね?よかった〜〜〜」
夢中で駆け寄って
アキを抱きしめたサンジは顎をヘルメットに打ちつけて目を白黒させている。
「アホ・・・」
「ンだとこらァ!・・・・あ、
アキちゃん気にしないで。こんなマリモ、ほっとけばいいんだよね。あ、俺、つい・・・・あの・・・・」
改めて腕の中の
アキを見たサンジが真っ赤になってぎこちなく抱擁を解いた。恐らく
アキの顔はサンジよりも赤かったかもしれないが、シールドのおかげで目撃者はいない。
「・・・あんたがこんな運転するとは思わなかったぜ」
呟くゾロの視線の先には笑顔で頭を掻くエースの姿があった。
「後ろのこいつが五月蝿くてさ。まだ三枚には下ろされたくないからな〜」
エースはゆっくりと
アキの前に立った。一瞬、笑顔が途切れて真摯な色が瞳をよぎった・・・と見えたのは光の加減だっただろうか。
「今度からとびきり高級な仕事しか入れないから、安心してくれ。もう組まないっていうなら、まあ、それでもいい。まっとうな口利き屋、紹介するよ」
アキは一歩エースに近づいた。視線を落として待つエースの前で困ったように頭を動かす。
「こいつは今、訳ありで声が出ない。手加減してやってくれ」
ゾロの言葉を聞いたサンジは肩を怒らせた。
「あのカズヤって野郎のせいか?どこにいやがる、あの男」
その時、屋敷の方に視線を向けたサンジの腕を掴んだのは
アキだった。ゆらゆらと懸命に左右に首を振る姿を見たサンジはふっと息を吐いた。
「何かよくわからねェけど・・・わかったよ、
アキちゃん。あいつを蹴り飛ばすのはやめておく。」
アキからゾロの顔にちらりと視線を動かしたサンジはポケットからタバコを取り出した。
「帰るぞ」
ゾロはバイクを跨ぐと視線で
アキを促した。恐る恐る近づいた
アキの手を引いて後ろに乗せると腰に腕を回させる。
「落ちるな」
遠慮がちにゾロの背中と身体の間に隙間を作っていた
アキは、始動したエンジンが吼えると反射的に腕に力を入れた。
アキの体温を感じたゾロはさらに数回低音を響かせると唇を歪めた。さり気なく肩越しに振り返った先には窓ガラスに映る人影があった。後 を追うように
アキが振り向いた瞬間に地面を蹴ってアクセルを回す。身体が大きく持ち上げられて宙に投げ出されるような感覚に、
アキは出ない声を堪えて唇を噛んだ。ゾロの身体に触れている部分すべてでゾロの中で沸きあがっている血の流れを感じた。
「あんたさ、ほんとはこっちに乗せた方が身体が休まるとか思ったんじゃないの?」
離れていく黒い影を見送りながらエースが呟いた。
「そりゃ・・・まあ、そうだけど。でも何だかあの2人はそういうことに全然気がついてなかったみてェだし。俺らを納得させることも忘れてるみてェだ し。・・・不器用で説明下手ってとこはそっくりなんだよな・・・んとに」
サンジはゆっくりと吸い込んだ煙をさらに時間をかけて吐いた。
「何だか今が何曜日の何時でって奴がわかんなくなっちまった」
「乗れよ。今度は途中で運転代われな」
2人は顔を見合わせると諦めたような笑顔を送りあった。
数日後。
声帯の修理に伴う検査と調整のためにとある場所で入院生活を送っている
アキのところにゾロとサンジが現れた。
サンジは抱えてきた大き目の鉢植えを黙ってベッドの上で身を起こした
アキの前に置いた。大小の棘に覆われた深い緑色の枝葉の頂上で一輪の大きな姿が花開いている。端が尖った花びらが幾重にも重なる透かし 細工のようなその花は光の下で白味がかった緑色を披露していた。
青い花は咲かなかったのか。
アキが複雑な表情を浮かべるとゾロは黙って一本の枝に結ばれたカードを指先で突いた。
「今日さ、マリエさんの店に置いてった奴がいるんだって。『ゾロと誰か』に渡して欲しかったらしいよ。・・・しっかし、花の名前、いいのかね〜、これで」
首を傾げた
アキは揺れ動くカードを右手で捉えてそこに書かれた文字を読んだ。
Zoro
その四文字が流れるような筆記体のアルファベットで記されていた。
「奇跡の青い薔薇のつもりが咲いてみたらマリモ色に化けてたんだ。さすがの俺も思わずあいつに同情しちゃうよな〜」
サンジの口調につられて吹き出した
アキは声がない笑いに身を任せた。
「るせぇ」
サンジに返すゾロの声は言葉少なで。
咲いた花をゾロに見せようとしたカズヤは多分この結果に納得しているのだろう。そしてそのカズヤの気持ちをゾロは受け取っているのだろう。
アキはそう思いながら花びらの輪郭を指でなぞった。
ふと顔を上げるとそこには真面目な顔をしたサンジと眉間に皺を寄せたゾロの顔があった。
「退院の日、決まった?」
さり気ない口調で言うサンジの声とベッドの端に腰を下ろして視線を向けてよこすゾロの横顔と。
アキは微笑んだ。帰る場所と待っていてくれる人。
アキにとっては奇跡とも思えるものだ。
アキが視線を返すとサンジは金色の髪の陰に隠れていたずらを見つかった子どものように笑い、ゾロは無愛想に視線を外した。
今もしも声が出たら2人に何を伝えよう。
アキは心の中を探り、やがてこっそりと首を横に振った。きっと上手く言葉にできることは何もない。それでも。
アキはくるりと身体を回して床に足を下ろした。驚いたように手を差し出すサンジと腰を浮かせたゾロの前に立って。気持ちを込めて見上げ るとそれぞれに柔らかな表情があった。やがて、それ以上を求める視線も身体の動きもないまま、3人は照れたように元いた場所に戻った。
ふわりと落ちた一枚の花びらが空気を揺らした。