「張り切るつもりだったのになァ・・・・・お花見弁当」
一人呟いたサンジは満開の梢を見上げた。
誰が悪いのでもない。早上がりのはずが夜番の終わりまでバラティエにいることになったのは、急な団体客の予約が入ったことと、日々頑張っていたコック1 名が頑張りすぎて風邪を引いてしまったからなのだ。コックの中では一番の新入りで、店の全てに慣れようと張り切りまくり、加減を知らずに働いていた。そん な様子を面白がりながら、でもしっかり見守っていたゼフやサンジ達は、最後まで、コックが高熱に倒れるまで口出しはしなかった。加減なんて自分で失敗しな がら身につければいいのだ。それより何より、新入りはいつもフラフラになりながらも充実感いっぱいの楽しげな顔をしていたから。
大切な約束だった。
大きな桜の木が1本だけ生えているここはちょっとした穴場で、こんなところをなぜゾロが知っているのか、似合わねェ!とサンジは思ったのだが。まだ蕾 だったあの時既にこの木はとても見事だった。花が開いたらさらにどれほど・・・・と
アキは期待に頬を染めていた。実はサンジも負けずにわくわくした。だから、最高の花見弁当を作る、と宣言した。毎日、サンジが代表で木 の様子を見に来て、三日前に花見を今夜に決めた。
アキはもちろん、ゾロも素直に仕事の予定を調整してくれた。サンジはその日から毎日とびきりの食材を買って今日に備えてきた。ランチタ イムの戦争が終わったら、部屋にとんで帰るつもりだった。
だが。
今、こうしてサンジは真夜中の花見を一人楽しむことになってしまった。
ゾロと
アキは予定通りに花見をできただろうか。
ちゃんと何か美味いものでも食べていればいいのだが。思った途端にサンジは、自分の中の嘘を強く意識した。
さすがに夜には冷え込んだ空気がやわらかな風になって全身に触れていく。風が触れたはずの身体の外側は寒くないのに、そのすぐ内側が震えてしまう。
「・・・・ガキみてェに楽しみにしてたからなァ・・・・俺」
バラティエでこの3日間、恐らく今夜サンジはデートなのだと噂をされっぱなしだった。それほど嬉しそうな顔を見せてしまっているかと思うと悔しいのだ が、自分ではどうにもできなかった。
デートよりずっといいさ。
心の中で囁いて胸を張った。
強がるために思った言葉が、実は満更嘘じゃないほど花見弁当のメニューを考えるのが楽しかった。
アキとゾロと一緒に食べると、ものが美味い。酒も美味い。おまけに安心して心地よく酔うことができる。それだけで幸福になるには十分 じゃないか?
サンジが見つめていると、一輪の花が砕けた。ハラハラと舞いながら落ちてきた花びらが、サンジの金色の髪に触れて落ちた。
風が落ちた花々を舞い上げ、渦を巻いた。思わず目を閉じたサンジは、すぐそばに足音を聞いた。
「え・・・何・・・・・」
身構えるひまなく、サンジの身体に温かな体温が触れた。
「ごめんなさい、サンジ君!花びらがすごくて・・・・前がよく見えない・・・」
声の主は
アキだった。
聞き間違える余裕などなく、サンジは反射的に温かな細い身体を抱きしめた。
「これ・・・・夢?俺、桜に魅入られちまった?」
サンジが問うと、恐らく顔を真っ赤にしているはずの
アキは、笑った。
「部屋で待っててもサンジ君、帰ってこないから。1人で先に行ってるってすぐにわかった」
「先にって・・・・え?
アキちゃん、花見、終わったんじゃねェの?」
声がものすごく嬉しそうに聞こえてしまったのではないか。内心焦ったサンジを
アキの腕が強く抱いてくれた。
「待ってた。先にお花見なんて、あり得ない」
寂しかった?と問われた気がした。
もちろん、
アキはサンジを困らせるような問いかけはしないのだが。
そして多分、問うまでもなく答えを知ってしまっているのだろう。
「・・・・餓鬼」
気配なく傍らに現れたゾロの声にサンジはむかっ腹を立てた・・・・つもりだった。
なのに、次の瞬間、
アキもろともゾロの腕の中にすっぽり身体がおさまってしまい、ひどく慌てた。
「こら、待て!てめェに・・・ええと俺がこうされるのっておかしいだろうが!全身鳥肌になっちまう!」
「・・・・なったか?」
「知るか!・・・・いや、なってる!もう心臓の内側まで鳥肌だらけだ!」
「この風が止むまで、待て」
アキを風から守るためだ、と言外に言われた気がしたサンジは、不承不承、もがくのをやめた。これがもしも雪山で遭難した時なんかだった りすると、きっと・・・・・・
サンジは自分で想像して結果が原因で盛大に頬を赤くした。
浮かれて馬鹿な想像をしている場合でもない。
だが、こうしていると、とても温かい。ゾロは筋肉の固まりだけあって心なしかサンジよりも体温が高い。どっしりした安定感も抜群だ。
安心なんてしてねェぞ。
嬉しくなんてねェ。
サンジは自分が誰に反論しているのかわからないまま、無言で反論し続けた。
「すごくあったかい・・・・けど、風が止んだら、きっとどういう顔をしていいかわからないね」
呟いた
アキを愛しいとサンジは思った。
「大丈夫。俺、しばらく目を閉じたままでいるから。
アキちゃんの真っ赤な頬がいつもの白さに戻るまで」
言いながら、我ながら上手い理由だとサンジは思った。本当は、すぐに顔をあわせられる気がしないのは、サンジだ。
アキとは顔を赤らめあうおあいこだからまだいいが・・・・ゾロとは。無表情の無愛想の鉄面皮に一体どうやって対抗できる?
「阿呆」
ゾロの声が聞こえた。
憎たらしさの権化だと思った。
なのになぜかサンジの唇は温かな温度の中でゆっくりと深い曲線を描いていた。