夜の雨は嫌いだから毛布を身体に巻きつける。
寒くはない。肌を包む湿度が不快なほどで本当は蒸し暑いと感じなければいけないはずだ。
けれど身体の震えが止まらない。
止まらないから両腕を回してしっかりと自分の身体を抱きしめる。
呼吸することを忘れないように1、2と繰り返し数える
こうしていればきっと朝まで、或いは雨が止むまで・・・どちらか早いほうを待つことができる。
雨に刺激を与えないように灯りを消してカーテンを閉める。
空気の湿り気と聞こえる雨音。
まだ止む気配はない。
雨の夜はどこか気だるい。
身体を伸ばしてソファの上で長くなる。
ちっぽけな四足が背中に着地。グルグル三周散歩を楽しんだ後でおもむろに身体を丸めて喉を鳴らす。
酒を取りに行くのもダメ、ヴァイオリンももう届かない。
顔を向ければあんなにはっきり見えるんだが、動けば背中の上の固まりが目を覚ます。
お前、なぁ
心で思って口にもしてみるが起きる様子はまったくない。
よりにもよって何で雨に降られなきゃなんねェんだ。
働いたんだぜ、10時間
作って運んで笑って食わせて
厨房とテーブルの往復記録を作ったさ
なのに何で雨なんだ
天気予報なんざ、もう2度と信じねェ
いいか、雷なんざ鳴らすなよ
絶対に臍を隠したりなんかしねェからな
三者三様の雨の夜。いつもそれぞれにそれだけで終わっていた長い夜。
それでも偶然の何かがひとつ起これば隣人三名が集いあう。
「あったまった?
アキちゃん。ココア、もう一杯淹れようか。今度はちょっとマリモんちのブランデー垂らしてさ」
「ありがとう、もうすごくあったかくなった。サンジ君も髪、乾いたね」
「俺はココア抜きのブランデーにするぞ」
「こら、フレーク!枕を噛むな、枕を」
ゾロの部屋の床にそれぞれの部屋から持ち寄った毛布や枕を丸く並べた。円の中心に顔を向けて寝転べばもうまるでキャンプ気分だ。雰囲気出そうぜ、とサン ジが灯りを消してロウソクをつけた。ポットに入れて来たココアをカップに注げば甘い香りがどこか懐かしい。
ゾロはフレークを
アキの背中にのせ時折黙って横顔に浮かぶ微笑を確認した。
次第に近くなってくる遠雷の音が響くたび
アキはサンジに微笑を向けた。
サンジはふんわりと笑いながらフレークのひげをくすぐった。
しりとりをしようかとサンジが提案するとゾロが即座に却下した。
それではとババぬきをしてみたらトランプの枚数が足りなくて気がつくまでに何巡かした。
ゾロがグラスに気前よく注いだブランデーを気が向くままに回して飲んだ。
雨の音は聞き飽きたからとゾロのヴァイオリンの出番になった。
しかし、こいつは何で
アキの部屋側の壁を引っ掻いて鳴き続けたのか。
ヴァイオリンを取るために立ち上がったゾロは
アキの背中で満足気に眠っている猫を見下ろした。フレークが鳴き止もうとしないので気になったゾロが
アキの部屋の前に行ったとき、ずぶ濡れのサンジが帰って来た。車じゃない今日に限って雨が降り、さらには傘を電車に忘れてきたのだとい う。猫を肩にのせたゾロと水滴を滴らせていたサンジの前で静かにドアを開けた
アキの様子がおかしいことはすぐにわかった。サンジは急いでポット一杯のココアを作りに行き、ゾロはそのまま
アキを毛布ごと自分の部屋に連れてきた。部屋に入るとただ強く抱いてそっと唇を合わせた。まるで高熱でもあるようにガタガタと震えてい た
アキの身体が腕の中で落ち着くまで額や頬にも静かなキスを落とし続けた。ポットと毛布を抱えたサンジがやって来た時には
アキは小さく微笑んでいた。キャンプだ、サバイバルだ、シャワー貸せ!・・・言ったサンジはついでにパジャマも借りた。
ヴァイオリンの音色の隙間から時々雨音が聞こえた。
フレークがヴァイオリンを弾いているゾロの胡坐の上に移動したので
アキはようやく身体と顔をサンジに向けることができた。
「そういやさ、俺、こういうのって初めてなんだよね。ジジイはずっと店やってたから学校の連中とはさっぱり休みの日が合わなくて・・・つぅか、一人前に店 のいろいろに参加してる気分のガキなんて多分滅多にいないよね」
「わたしも初めて。サンジ君とゾロが本読みながらわたしの部屋で寝ちゃったこともあったけど・・・・いや、正確にはわたしとサンジ君が眠っちゃったんだけ ど(
アキはゾロがちらりと向けた視線の意味を正確に受け止めて訂正した)、あれはこんな風に最初からお泊りする予定じゃなかったものね」
「うわ、『お泊り会』?くすぐったいね、これ」
「でも、サンジ君、よく非常用のロウソクなんてあったね。驚いた」
「・・・いやさ、ジジイが置いてったんだよ、俺がこの部屋に引っ越した時。非常食とか詰まったリュック、クローゼットの奥に入れてあるの。いざって時は頼 りにしてね。あ、そうだ。好きじゃねェけどキャットフードも入れとこうか」
交わす囁きの間に内側から零れだす笑いが挟まった。
ガキだな。
二人を見るゾロも気がつけば奏でる音が軽く明るいものに変わっている。
他愛もない会話と同時に二人が視線でものを言ってくるからゾロも時には笑い出さずにはいられない。
いつの間にか雨垂れの音も違和感なく場に加わって。
・・・タンッ
ポタンッ
ピチョッ
アキは雨粒に打たれる窓を見上げた。
ガラスに映る柔らかな炎とその周りの小さな光の空間。
今、自分はあの光の中にいる。あたたかく包まれて呼吸することを楽しんでいる。
「眠っちまうのが勿体ねェな〜。なあ、やっぱりしりとり、やろ?」
悪戯っぽく笑うサンジ。
返り討ちの決意に光るゾロの瞳。
アキは見えない腕を伸ばしてそっと心の中で二人を抱きしめた。